わたしの わ

「話」「輪」「和」・・・。たった1文字の「わ」にいろんなすてきな意味がある。旅の話、人の輪、話して広がる和。私にまつわる「わ」を集めてみます。

遅れてきた「心臓音のアーカイブ」

 

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どんだけ感じ入ってたんだか・・って、半ば飽きれるくらいなんだけど、

急に「心臓音のアーカイブ」のことを考えてた。

 

 

もうひと月も前になる。

恋い焦がれてた直島に行ったって話を書いたけど、

 

その時、

ご同行頂いた方のリクエストで、豊島にある「心臓音のアーカイブ」にも訪れてました。

 

心臓音のアーカイブ

 

世界中の人たちの心臓音が集められている場所。

世界中の人たちの心臓音が聴ける場所。

 

正直、その美術館の紹介文を読んでも全然そそられなかった。

行ったその日も「なんだコレ」って思ったのが正直な感想・・。

 

でもね、

急に今日その場所を思い出した。

そして、結構衝撃的な体験をしてたんではあるまいかと考えた。

 

「心臓音のアーカイブ」は2つの空間からなる美術館。

1つは、

薄暗い部屋の中、どこかの誰かの心臓音がお腹に響くくらいの大音量で流れてて、

その音に合わせるようにして部屋の奥にぶら下がった電球か光ったり消えたりを繰り返すようなそんな空間。

 

わたしが行った時には、日本人女性の心臓音が流れてたんだけど、

その部屋に入ってすぐ、なんだか薄気味悪いような、居心地の悪いような

そんなことを感じたのを覚えてる。

その理由の1つには音が大きすぎて落ち着かないっていうのもあったんだと思う。

部屋も薄暗いし、電球のピカピカも雷みたいでなんだか怖かった。

 

でも、そういう部屋自体の演出以上にわたしに居心地の悪さを与えたのは、

その時流れてた心臓音の「リズム」だったように思う。

 

つまりは、

心臓音のペースが合わなかった。

 

音のペースが速すぎた。

 

自分の音とちゃんと比べたわけじゃないけど、

わたしの心臓のペースより速すぎて、なんだか無駄に息苦しくなるような

そんな気がした。

急かされるようにドクンドクンとなる心臓音を聞いていると、

無意識のうちに呼吸が浅くなるようで、もう自分らしくいられない!・・みたいな、

そんな感じがした。

 

そんなことをぼんやり思い出してたら、

自分のペースで行けばいいんだよね、やっぱりって、

そう急に思えてきた。

 

 

「心臓音のアーカイブ」にあるもう1つの空間は、

パソコンが3台並び、世界中のいろんな人たちの心臓音を聴くことができるようになっている。

怖いもの見たさ(聴きたさ?)みたいなのも手伝って、

とりあえずイギリス人とかドイツ人の誰かとか、日本人の誰かの心臓音を聴いてみたけど、

みんなそれぞれの「リズム」があって、

すっ転ぶように「ドドン」って鳴らしてみたり、妙に速く打ってみたり、

穏やかにゆーくり鳴らしてみたり、みんな違う。

 

全然当たっちゃいないかもだけど、

「この人はせっかちそう」とか、「この人はおおらかな人かな」とかなんとか

勝手に性格を推測したくなるくらい、

それぞれが個性を持って聞こえてくる。

 

心臓の打ち方なんて、もうその人の生きる根本であるわけで、

その「リズム」に誰も口出しできないし、口出す意味がない。

それはその人の、その人「だけ」のリズムなんだもん。

 

だから、

無理に誰かの心臓音に合わせて自分の音を鳴らす必要はない訳で、

あの薄暗い部屋の中で起こったことっていうのは、

大音量で流れる他人の心臓音に圧倒されて

無理に自分のリズムをその音に合わせようとしてしまったことで感じた息苦しさだったんじゃないかと、

そう思った訳なのです。

 

そうすると、

人に合わせすぎるとやっぱり苦しくなるのねーって結論になる、と。

 

頭でっかちに考えすぎて、直感を無視しちゃうことってあると思うんだけど、

もう有無を言わさず身体が反応してる時って、いくらごまかしても無理なんです。

言葉にも表せない、感覚としても感じきれない身体の反応が直感として響いてくることもあるわけで、

ふと日常の中である「なんかおかしいな」の感覚って本当大事よねー、って、

そんなことを思ったっていう。

 

 

って、なぜあの旅行から1ヶ月も経ってこんなことを考えてるのか意味わかんないけど、

どうも反芻するのに時間が必要だったらしい。

・・で、こうやって書いてみてるけど、この心臓音のプロジェクトを始めたクリスチャン・ボルタンスキーはこんな思考に至ることなんてちっとも意図してないんだろう。

 

ま、人生そんなもん。

わたしの思考なんてそんなもん。

それでいいじゃん。それがわたしの「リズム」なんです。

 

なんかまたぐだぐだ書いちゃってるけど、

 

わたしの直島・豊島を讃える気持ちはいまだ薄れていないってことを再確認したところで

今日はおしまい。