わたしの わ

「話」「輪」「和」・・・。たった1文字の「わ」にいろんなすてきな意味がある。旅の話、人の輪、話して広がる和。私にまつわる「わ」を集めてみます。

石は生きとる、生きとる

小さい頃、

小学生ぐらいの頃でしょうか、

石のカンノ とかいう企業のCMで、石像がなにやら話してるのがあって、

その中で言ってた

「石は生きとる、生きとる」

ってやつが結構強烈に記憶に残ってたりします。

後々、これは福島県でのみ放送されていたもので、結構なご当地ネタだったことを知るのだけど。

 

その「生きとる、生きとる」が、最近また妙に頭ん中で響いてるんですよね。

 

去年の誕生日、おいしいコーヒーが飲みたいとわめく私に、

同僚がHARIOのコーヒードリップセットをプレゼントしてくれました。

せっかくもらったセットを使ううち、

とりあえずコーヒー豆にこだわりだし、

そのうちやっぱり粉で買ってくるより、豆を自分で挽いた方がいいになり、

ついに自分でミルを買って、

コーヒー豆を挽くことから毎日を始めるようになりました。

 

一体いつ、誰からのセリフだったのかも覚えてないんだけど、

「コーヒーはおいしくなーれって思いながら淹れるとおいしくなるんだよ」

なんてのを聞いたことがあって、

その時は、そんなの気の持ちようじゃないかって思ってたのに、

コーヒー豆を丁寧に、丁寧に挽いて、

お湯をゆっくりゆっくりやさしく注いでいくと、

やっぱり違うな、と思うようになりました。

 

結局のところ、やっぱりそれは気持ちの問題でしょってなるところが大きいのかもしれないけど、

「おいしくなーれ」って淹れたコーヒーは本当においしい。

コーヒー豆を挽いている時からもうすでに、コーヒーを「飲む」動作は始まってて、

丁寧に作業する程に、コーヒーの味が良くなる気がするんですよね。

 

だから、

「コーヒーも生きとる、生きとる」

なんです。

わたしの愛情はちゃんとコーヒーに受け取られるっていうかな。

 

こんな話をすると、

もしやこいつは宇宙と交信するタイプの奴か?なんて思われそうですが、

 

でもね、そういう「生きとる、生きとる」の感覚でモノを扱うってすごく大切なことなんだと思うんです。

 

こないだゲストハウスのキッチンをいつもより念入りに掃除してた時、

冷蔵庫の上に、もう封も開けてあって、いつからあるのかもわからないパスタがポンって置かれてるのを見つけました。

パスタの先っちょに埃が少しついてるような、そんな置かれ方。

それを見た時、なんかすごくガッカリしたんですよね。

食べ物だからどうこうってより、モノの扱いというか、心がないというか、

どう言えば伝わるかわからないけど、

誰なのかわからないそのパスタの持ち主に対して、なんかこう、

すごく引いた。

 

そのモノが大切「だから」、それを大切に扱うのか、

それを大切に扱うから、そのモノが大切に「なる」のか、

どっちもすこしニュアンスが違うようだけど、その感覚ってぐるぐる円を描いて「愛着」ってものになっていくんだと思う。

 

だって、ゲストハウスのお掃除の用具も、

(正直言うと、時間に追われてる時とか少し荒い使い方とかしちゃう時もあるんだけど)

掃除が終わって、倉庫に丁寧に片付けてあげると、

なんだか「ありがとう」って気分になるし、急に「相棒よ」なんて思えてきたりするんです。

 

みんな生きとる、生きとる

 

そんな気持ちで人ともモノとも関わっていけたら、

世の中、ほんの少しだけあったかさが増すんじゃなかろうかと、

最近そんなことを少し思ったりするのです。