わたしの わ

「話」「輪」「和」・・・。たった1文字の「わ」にいろんなすてきな意味がある。旅の話、人の輪、話して広がる和。私にまつわる「わ」を集めてみます。

時間を「味わう」ということ

 

前回、お金の流れについてほんの少し書いてみたけど、

最近、ものすごく時間についても考えてる。

 

「時間」

 

考え始めるといつも思い浮かぶのは、

ミヒャエル・エンデの「モモ」に出てくる『時間どろぼう』ってやつだったりします。

モモ (岩波少年文庫(127))

モモ (岩波少年文庫(127))

 

 

もしかしたら、わたしはとんでもない『時間どろぼう』をかかえてしまっているのかもしれません。

 

やるべきことをテキパキこなす。これも一つの時間の過ごし方でしょう。

効率よくガツガツ動いて、めいっぱい動き回って、いろんなことをドンドンこなせたら、

それは「有意義に時間を過ごす」と言えるのでしょう。

でも、最近、なにも成し遂げなくても有意義な時間は過ごせるんだよなって思うんですよね。

 

「時間を味わって過ごす」というのでしょうか。

 一杯のコーヒーを豆を挽くところから始め、「あー、おいしい」と思いながら飲む。

 目の前にあるご飯をよく噛んで、味わって食べる。

 よく晴れた冬の日、寒さの中にお日様のあたたかさを感じながらゆったり散歩する。

 大好きな音楽を聴きながら窓辺で読書してみる。

 

なんていうんだろう。

何かものすごいことをしているわけじゃないけど、

時間があることのありがたさを感じて、それをめいっぱい味わって過ごすって

すごくすてきなことだと思う。

おもしろいのは、そうやって時間を味わいながら過ごせる時って、全然時間を気にしないってこと。

時計なんて見なくなるし、フィーリングにまかせられてしまうという。

 

そうとは言っても、今のわたしは、

ゲストハウスという場所での仕事柄、

チェックイン業務など気がつけば各国からのゲストさんたちと楽しくおしゃべりなんて時間があるにしても、

掃除の時間はテキパキ、ガツガツ。

ものすごく段取りを考えて行動していく必要があって、いかに無駄を省いて効率よく立ち回るかが大事になってくる。

それなりにうまくやって、決められた時間の中でこなしてはいるけど、

何度も何度も時計を見て、ものすごく時間を気にして、時には慌てて、

まるで時間に追われるように働いている。

人手が足りないこの状況で、別に掃除が嫌いとか、重労働は無理とかそういう話ではなく、

なぜこんなにも時間に囚われているのだろうかと思うんです。

 

時間時間!と気にすれば気にする程、時間という感覚がまとわりついてくる。

もはや、自分は

お金のために労力を費やすというより

自分の大切な時間を売ってお金をもらっているんじゃないかとさえ思えてくるほど。

 

念押ししますが、別に今の仕事がどうとか、愚痴をこぼしたいわけではないんです。

 

新しい考え方を持ったのか、と

新しい考え方に合う暮らしを見つけないといけないんだな、と

そう思うんです。

 

すこしずつやりたいことに向かっている。

考え方を変化させて、もっとすてきになるんだもんって。